Panzerkampfwagen IV - Production changes and Factory features -
20.Apr.2024
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Sturmgeschütz IV
  • 個別写真は個々の特徴を表示する為のもので、必ずしも該当月生産車ではありません
  • 変更月はタイムラグのある目安程度であることに留意
  • 新装備導入以降の全ての車両に導入される訳ではなく、最初に生産車に導入された日付に過ぎない
  • 以下の理由等で1,2ヶ月〜数ヶ月程度のズレが生じる可能性あり
  • 変更の指令が出た公式の日付の場合
     製造ライン上で既に旧パーツを組み付けられた車体がそのまま出荷
     新型パーツの納入状態等の理由により在庫パーツを組み付けられる
  • 写真と車体番号突き合わせたphotographic evidenceに基づく考証の場合
     写真を撮られていない車体の存在
     車体番号が確認できない車体がそれ以前に出荷された可能性
  • また事前に新パーツの性能確認用に試験採用された車体も有り
Sturmgeschütz IV
Sd.Kfz.167
Fgst.Nr.89324-89382,100001- (1111両/1141両/1108両+修理再生31両 Krupp Grusonwerk AG),,,,※2019,※2019,,,,

1943年2月
◦ クルップ社設計番号W1468案(4号戦車車体+3号突撃砲F型戦闘室に前面傾斜装甲、560mm幅履帯、戦闘重量が28.26t),,,,,,※2020,,
└重量過多で計画放棄

1943年8月
◦ 19日〜22日、総統会議において4号戦車の突撃砲等への生産転換が決定,

1943年11月
◦ 26日、アルケット社シュパンダウ工場の爆撃被害により3号突撃砲の生産中断,,,,,,

1943年12月
30両 (DB)
◦ 遠隔操作式機関銃(Rundumfeur)を会議にてヒトラーが承認※AP57
○ 30輌がダイムラー・ベンツ社のマリーエンフェルデ工場で製造(Nibelungen製車体Fgst.Nr.89324 - 89382),,,,,※2021,※2021
戦車型フェンダー(フェンダー支持架・補強板あり)機関室後部左側に予備履帯3枚戦闘室右側面に予備履帯3枚装備/6枚装備,※AP60,,※2021
└初期のツィメリットコーティングのパターン?※2019
○ 製造初期には非組み継ぎ車体あり※2005
△ 突撃砲においてシェブロン付き履板採用※AP56
◦ 6-7日の会議でヒトラーが3号突撃砲の代替として4号車台使用案に賛成,,,,
◦ 14日、試作車が総統官邸で展示
◦ 16,17日クルップ社で4号突撃砲生産車完成、ヒトラーが承認,※2012,,,,
└年明けまでに350両、1月に500両を予定(Kruppは600両分の車台供給を約束)
└実際には戦車型車台の生産予定数

1944年1月
108両 (Krupp)
○ クルップ・グルゾンヴェルク工場で生産開始,,,
├最初の4カ月は鋳造製バンプストップ、ゴム縁付き上部転輪、鋳造製ハブキャップ装備の非組み継ぎ車体※2018,※2019,,※2021
├後期になっても旧パーツ類は継続して使用される※2019,※2020
G型起動輪の使用例あり
└車体はGebr. Böhler & Co. AG、Eisenwerke Oberdonau GmbH、Friedrich Krupp AG、Eisen- und Hüttenwerke AGの4社が供給※2021
◦ 兵器局がコンクリート増加装甲を認める通達※AP60
└24日付けの砲兵検査官への報告書では効果は満足できるものではなかった

1944年2月
▾ 106両 (Krupp)
△ ザウコップ防盾(Saukopfblende/正しくはTopfblende)に変更,※AP60
溶接型防盾の装備車両は未確認※AP60
溶接型防盾装備車両※2019,

1944年3月
▾ 87両 (Krupp)
○ 無線手用床面脱出ハッチ廃止・溶接留め※AP60
○ マズルブレーキ後方フランジが丸いタイプ導入,※AP56
△ 遠隔操作式機関銃(Rundumfeur)が装備試験※2004
△ 装填手用ハッチが左右開きに変更※2004
△ 操縦手ハッチ形状変更※2011,※2010,※2012
△ 操縦手ペリスコープ角度変更※2011,※2010,※2012
△ 主砲を撤去した瓦礫除去用ドーザー装着車
◦ 14日の会議で機関室に防火隔壁の設置、砲弾12発の追加搭載が検討されKruppは8発追加搭載を提案
◦ 20日のKruppメモによる改善案
├機関室追加弾薬の耐火隔壁
├SKB-6124に基づく砲の取り付け簡易化(試験中)
├高さ調節可能な運転手シート(2つ製作し1つはクンマースドルフで試験)
├新型ペリスコープ取り付け装置
└近接防御兵器、遠隔式操作機銃、ガントラベルロック(試験搭載済み)
◦ 21日、OKHに報告書を提出
└FgstNr.100247(HullNo.86497)に簡易デザインで砲を搭載しケーニヒスベルクに納入、ヒトラースレーベン試験場で試験
 DBの既存設計に比べて資材を18%、溶接電極を45%節約、コストも35%減少
◦ 27日、不要な無線手位置の底面脱出ハッチの溶接閉鎖を提案

1944年4月
▾ 91両 (Krupp)
○ 補強リブの少ない誘導輪取り付け基部※VU2018,※CE2009
└Kruppが車台を供給したメーベルワーゲンでも採用※2009
○ 戦闘室前面装甲が80mmの一枚板に※AP60,※AP56
├△ Brandenburger Eisenwerkeによって50mm+30mmの戦闘室前面装甲が7月頃まで断続的に供給された可能性※2017
└△ 11月頃まで在庫あり※2021
△ 遠隔操作式機関銃(Rundumfeur)が装備試験,※2012,※2004,,※AP57
△ 装填手用ハッチが左右開きに変更,※2012,
△ 操縦手ハッチ形状変更※2011
△ 操縦手ペリスコープ角度変更※2011

1944年5月
▾ 95両 (Krupp)
○ オストケッテン導入開始(幅560mm)(技術報告Nr.256)※CE2004,※2006,,
○ Kruppが補助エンジン跡に燃料タンク増設を提案、協議の結果弾薬コンテナを収納※AP60
○ 下方台座の簡素化により資材18%、電気45%、賃金35%節約※AP60
△ 近接防御兵器(Nahverteidungswaffe)装備開始※2004,※AP57
└10月頃まで供給不足で開口部を鉄板ボルト留め※AP57
△ 機関室上面の冷却水注入口が角型に※2004,※2017,,,※2016
△ 機関室上面ラジエターカバーに把手追加※CE2004,※2016
△ シュルツェンII型採用※AP60
△ 装填手用ハッチが左右開きに変更※2020
△ 主砲を撤去した瓦礫除去用ドーザー装着車※2021,※2021
ドーザー装着パンターは1944年10月3日-1945年1月2日にニュルンベルクで撮影※2021
◦ 27日、シュルツェンの新しい取り付け方について提案

1944年6月
▾ 90両 (Krupp)
△ 機関室上面の冷却水注入口が角型に※CE2004,※VU2018,※PzT4-3,※2017
△ 機関室上面ラジエターカバーに把手追加※PzT4-3
△ 車体前部にトラベリングクランプ装備を決定※AP60
└在来車用キットも要求
△ シュルツェンII型採用※AP58
✕ 6日、牽引用CフックをSフックに変更する指示(未導入)※2004,
└10日、Cフック2つのの代わりにSフック1つに(未導入)
◦ 7日、Kruppによる性能改善提案
├操縦手ペリスコープへの日除け追加
├操縦手ペリスコープの角度変更
├操縦手前面に20mm装甲を15-20度の角度で追加
├ボルト固定による砲取り外しの簡便化
├砲弾数87発以上の増加は不可能
├Kruppが受け取った近接防御兵器は65基に過ぎず、Frudenberg社の水密シールの供給も遅延
├DB社による3号突撃砲用ガントラベルロックは操縦手の視界を妨げるため4号突撃砲には不適、改善案を検討中
└操縦手用高さ調節機能付きシートが完成、被弾時の脱出も容易化
◦ 8日、片側3つの上部転輪の試験開始,
├1944年4月製造のFahrgestell Nr.90040を使って試験(片側のみ3個)※2016,※2012
└1944年6月に兵器局第6課に両側に適用する要求※2012,,
◦ 12日、2tクレーン用ピルツの取り付けが決定
◦ 30日、Krupp社にピルツの取り付け指示

1944年7月
▾ 90両 (Krupp)
○ 戦闘室天面にピルツェン追加(3つ)※2004,,※AP57
△ Brandenburger Eisenwerkeによって50mm+30mmの戦闘室前面装甲が7月頃まで断続的に供給された可能性※2017
└△ 11月頃まで在庫あり※2021
△ 車体前部にトラベリングクランプ装備開始※2004,※AP56

1944年8月
▾ 70両 (Krupp)
○ 筒状排気管(Flammentoeter)装備開始※2004,,※AP61
○ アンブッシュ迷彩※2015,※2020

1944年9月
▾ 56両 (Krupp)
○ ツィンメリットコーティング廃止※2004,※2018,※AP60,※AP58,※2015
△ 遠隔操作式機関銃(Rundumfeur)導入開始※2004
それまではボルト4本付き円板で閉塞※2004
△ 近接防御兵器(Nahverteidungswaffe)装備開始※2004
└それまではボルト4本付き円板で閉塞※2004
△ 筒型車間表示灯装備開始※2012
9月以前の装備例
4号戦車ではG型中期頃から装備例

1944年10月
▾ 84両 (Krupp)
○ 側面一体型牽引フック※2004,※2004,※2011,※VU2015
○ 戦闘室天面のピルツェンが5つに増える,※AP57,※2015
○ 主砲同軸機銃※2015,※2015
└同軸機銃孔付き防盾は未導入?※VU2015
└写真は2枚存在※VU2015

1944年11月
▾ 80両 (Krupp)
○ 機関室後部補助エンジン用マフラー開口部廃止
○ 操縦手ペリスコープ用バイザー採用(レトロフィットも)※AP60,※2010
△ 車体前部にトラベリングクランプ装備開始,,※AP61
△ 強化型牽引具(11月末)※AP60
◦ 3日の生産計画では11月に100両、12月〜1945年3月まで月産130両、4月に100両、5月に50両、4月以降パンターに生産転換

1944年12月
▾ 49両 (Krupp)
△ 上部転輪が3つに減少※2004,,
上部転輪3つと従来型牽引フックの組み合わせが存在(末期?)※2011,※2008
△ 44年末-45年初め頃にはスイング式シュルツェンが工場で正式に導入※2016,※CE2004,※CE2004,※2011,※VU2015
└Poznanの現存車Fahrgest.Nr.100968が12月製造※2016
△ 強化型牽引具※2004,※AP58,※2015

1945年1月
▾ 46両 (Krupp)

1945年2月
▾ 18両 (Krupp)

1945年3月
▾ 38両 (Krupp)
○ ゴム節約型アンテナベースPT4-3
└Antennenfuss aus Stahlblech(鋼製アンテナベース)PT15-3-9
◦ 26日にKrupp GrusonwerkがFgst.Nr.101101,101103-101111の10両を納入した記録※2019

1945年4月
▾ 3両 (Krupp)
○ 工場が占領され生産終了(1,111輌/1108輛と31輛の改装),,,,※2019,※2019,,,
◦ KruppはパンターF型の生産開始予定(1944年10月に命令)


導入時期不明
[初期]
◦ 雨樋追加※AP60
[中期]
◦ 車長用キューポラ跳弾板形状変更(3突Alkett型)※2021
[後期]
◦ 戦闘室側面前方ピストルポート廃止
◦ キューポラハッチが水平まで開く,※AP57
◦ 戦闘室屋根が皿ネジからボルト留めに変更※AP57
◦ 筒型排気管偏向フード導入(1945年春頃)※VU2017
◦ ブレーキ点検ハッチ冷却気取り入れ口廃止
├4号戦車は2月頃
└4号戦車(Nibelungen)とは形状が違う
[不明]
◦ 筒型排気管上部が斜めにカット※CE2015
◦ 鋳造誘導輪
◦ 履帯ピン押し戻し用板装備
◦ フェンダーの滑り止めがドットパターン※2023
✕ トーマシールドは不採用,※AP60,※2021,※2024,※2004


現存車両
●2006年ポーランドKolo近郊Rgilewka川で残骸が発見されPoznan軍事博物館で2009年にレストア完了(Aufbau.Nr.16981/Fahrgest.Nr.100968)※2007,※2008,,※2007,※2008
├ブランデンブルク装甲擲弾兵師団所属(?)※2006
└Großdeutschland(?)
├Krupp-Grusonwerkの最終ロット(#88100-88600)の4号戦車H型車台(#88361)※2006
├△ 防盾(?)はHeidenreich & Harbeck Werkzeugmaschinenfabrik(eyd)製造※2006
└車体番号981/左側鉄十字の下に968※2006,※2006
●2011年クールラント・ポケット内の沼で発見され4号戦車・3号突撃砲のパーツを使用して外観を修復、ラトビアSventes Muia Hotelの軍事博物館で展示
●ポーランドSkarżysko-Kamiennaの博物館
Memorandum
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